フォースプレートを空間の状態を把握するセンサネットワークに
ー床反力から人・ロボット・物体の相互作用を読み解くー
フォースプレートを空間の状態を把握するセンサネットワークに -床反力から人・ロボット・物体の相互作用を読み解く-
東京大学 大学院工学系研究科 機械工学専攻 ベンチャー ジェンチャン教授
東京大学 ベンチャー研究室では、ロボットとの共存社会をテーマに、ダイナミクス、数学、情報学からバイオメカニクスを理解することで、多くの研究を進められています。その中で、人・ロボット・物体のトラッキング、および相互作用の検出に関して、テック技販のフォースプレートを用いてシステムアップしていただきました。
ロボットとの共存社会へ
昨今、ロボット技術やAI技術の発展により、人とロボットが同じ空間で活動する場面が増えつつあります。製造現場や物流現場では人手不足への対応としてロボットの導入が進み、医療・介護分野では高齢化社会を背景に、人を支援するロボットや見守り技術への期待が高まっています。
しかし、人とロボットが共存できる社会を実現するためには、ロボットが「人がどこにいるのか」「物体がどこにあるのか」「人とロボットがどのように接触しているのか」を正確に把握する必要があります。さらに、これらの情報は、安全性だけでなく、作業支援、生活支援、リハビリテーション、行動解析など、さまざまな分野で重要になります。
一方で、人の活動を常にカメラで撮影したり、身体にセンサを装着したりすることには、プライバシーや快適性の面で課題があります。
そこで、人の活動、ロボットの位置、人・ロボット・物体の相互作用を、できるだけ侵襲性の低い方法で検出したい、というモチベーションから、床に設置したフォースプレートを用いたセンシングシステムに着目されました。
既存手法との比較
人やロボット、物体の位置を把握する方法として、一般的にはカメラを用いた計測が広く使われています。カメラは多くの情報を取得できる一方で、常に撮影されていることによる心理的な抵抗感や、プライバシーへの配慮が必要になります。また、画像データは情報量が非常に大きく、リアルタイムで処理するには高い計算能力が求められます。
また、IMUセンサなどのウェアラブルデバイスを身体に装着する方法もあります。加速度や角速度などを取得できるため、人の動作解析には有効ですが、計測対象者がセンサを身に付ける必要があります。日常生活や介護施設、病院、幼稚園のような環境では、常に装着し続けることが負担になる場合があります。
それに対して、今回採用したフォースプレートは、床に設置するだけで計測が可能です。カメラのように人を撮影する必要がなく、ウェアラブルデバイスのように身体へ装着する必要もありません。人が歩く、ロボットが移動する、物体を持つ、置く、触れるといった動作によって床に伝わる力を取得し、その情報から空間内の状態を推定します。
さらに本システムでは、センサを搭載していない物体でも、人が触れたことや、どこに触れたかを検出できる可能性が示されています。ロボットにはセンサを搭載できますが、バケツや箱、道具、家具のような一般的な物体にセンサを取り付けることは現実的ではありません。床側から状態を把握できることは、空間全体をセンシングする上で大きな特長です。
フォースプレートではどのような情報をみている?
ベンチャー先生は以前から、モーション情報がなくても「力だけでも多くのことが分かる」と考えていました。人の動きやロボットの移動は、必ず床との接触を伴います。歩く、止まる、方向を変える、物を持つ、人やロボットに触れるといった動作は、すべて床に伝わる力の変化として現れます。これまでベンチャー先生はフォースプレートのみを使って、フォースプレート上にいる人の動作推定の研究をされていました。
今回はコスト面も考慮して1軸フォースプレートを特注設計してシステム化をしています。
1軸フォースプレートからは、主に以下のような情報を取得できます。
・XY位置/COP(圧力中心)
・垂直方向の力
・モーメント
・複数プレート間での荷重分布
一見すると、カメラ画像に比べてフォースプレートから得られる情報は少ないように見えます。しかし、画像のような膨大なデータを扱うのではなく、力や位置、モーメントといった力学的な情報に絞ることで、処理が軽く、リアルタイム性に優れたシステムを構築できます。
つまり、フォースプレートから得られる情報は、データ量としてはエコでありながら、人やロボット、物体の状態を読み解くための非常にリッチな情報であると言えます。
実際に研究室では、人の歩行やジャンプなどの動作に加え、ローバーやPepperなどのロボットの移動もトラッキングしています。また、人とロボットが同じプレート上に乗る、人がロボットをまたぐ、ロボットが人の足の間を通るといった複雑な状況でも、位置関係を推定できることが確かめられています。
特に注目されるのは、人がロボットに触れたことを検出し、さらにロボットの前面、背面、側面など、どこに触れたかまで推定できる点です。さらに、人がバケツを持つ、バケツを置く、人からロボットへ物体を渡すといった動作も検出対象となりました。将来的には、物流センターなどでロボットが物体を持ち上げた瞬間を検出するような用途にも応用が期待されます。
どのような応用先、未来への発展が見込める?
このシステムは、人とロボットが同じ空間で活動する場面において、さまざまな応用が期待されます。
まず大きな応用先として、ヒューマン・ロボット・インタラクションがあります。人がロボットに近づく、触れる、物を渡すといった動作を床側から検出できれば、ロボットの安全な移動支援や、人との接触検出に活用できます。ロボット本体に多くのセンサを搭載しなくても、床側の情報から人との位置関係や接触状態を把握できることは、安全性の向上にもつながります。
また、工場内での人・物・ロボットの位置把握にも応用できます。作業者がどこにいるのか、ロボットがどこを移動しているのか、物が置かれたままになっていないか、移動すべき物が残っていないかなど、現場の状態を床から把握できる可能性があります。物流センターでは、ロボットが物体をピックアップしたことを検出する用途も考えられます。
さらに、見守り用途としても大きな可能性があります。老人ホームなどでは、人が転倒した、滑った、一定時間動かないといった状態の検出が重要になります。カメラを使わずに床から状態を把握できれば、プライバシーに配慮しながら安全確認を行うことができます。
病院、ホスピス、幼稚園など、プライバシーが特に重要な場所においても、カメラレスで人の活動や状態を把握できることは大きなメリットです。その他にも、日常生活の行動解析、セキュリティ用途など、フォースプレートを空間全体のセンサネットワークとして活用する未来が期待されます。

本システムはここがすごい
本システムの大きな特長は、AIに頼らず、力学モデルによってリアルタイムに推定している点です。全てローカルコンピューター内での計算によって実現しています。
近年はAIを用いた画像認識や動作認識が多くの分野で活用されていますが、AIを高精度に使うためには、大量の学習データが必要になります。また、対象となる人、ロボット、環境、照明条件、動作パターンが変わると、再学習やチューニングが必要になる場合もあります。さらに、AIによる判断は内部の処理が見えにくく、なぜその結果になったのかを説明しにくいケースもあります。
今回のシステムでは、フォースプレートから得られる力、位置、モーメント、荷重分布などの情報をもとに、数学と物理に基づいて状態を推定しています。そのため、学習データに大きく依存せず、計算の考え方が明確で、リアルタイム処理にも適しています。
もちろん、将来的にAIを組み合わせることで、より高度な動作認識や個人識別、行動分類などに発展させることも可能です。しかし、まずはAIに頼らず、床反力という力学情報だけで人・ロボット・物体の状態を推定できる点に、本システムの大きな価値があります。
テック技販の貢献
今回の研究では、テック技販が特注で1軸のフォースプレートを製作しました。通常のフォースプレートとは異なり、研究目的や設置環境、取得したいデータに合わせて仕様を検討し、仕上げています。テック技販は、フォースセンサ、フォースプレートを自社で開発・製造する国内メーカーです。力をどのように受けるか、どのようなサイズや形状が適しているか、どのようなデータを取り出す必要があるかなど、研究内容に合わせたカスタム対応ができることは、国内メーカーならではの強みです。本事例では、フォースプレートを単なる床反力計として使うのではなく、空間の状態を把握するセンサネットワークとして活用しいただきました。人の動き、ロボットの移動、物体の受け渡し、接触の有無までを床から読み解くという新しいアプローチは、フォースセンサの可能性をさらに広げるものです。テック技販はこれからも、研究者の発想を形にする計測技術とカスタム対応力を活かし、ロボティクス、福祉、医療、物流、製造現場など、さまざまな分野における新しい計測の可能性を支えていきます。
- 東京大学 ベンチャージェンチャン教授 GV Lab:https://www.gvlab.jp/members-e.html





