技術者の五感を次の世代へ
-土木×テクノロジーの挑戦-
技術者の五感を次の世代へ -土木×テクノロジーの挑戦-
関西大学 環境都市工学部 都市システム工学科 北岡貴文先生
土木を基盤に、新しいテクノロジーを掛け合わせる研究土木工学を軸に、AIやデータサイエンス、触覚計測といった最先端技術を柔軟に取り入れながら、建設分野の課題解決に取り組む関西大学の北岡先生。
研究テーマは非常に幅広く、一見すると専門が分かりにくいと言われることもあるそうですが、その根底には一貫して「土木プロジェクトを成功させるために、何ができるか」という明確な視点があります。
ゲームを活用した街づくり教育や、地盤データのAI解析、山岳トンネル掘削時の岩盤評価など、異分野の技術を積極的に取り込みながら、従来は人の経験に頼ってきた判断を、データとして捉え直す研究を進められています。
経験と勘に頼ってきた「岩盤評価」を、データでも捉える
※岩盤標本。左から「ツルツル」「ザラザラ」「ゴツゴツ」。
トンネル掘削などの建設現場では、岩盤の状態を正確に把握することが、プロジェクト全体の成否を左右します。
しかし、事前調査と実際の施工時の評価にはギャップが生じることも多く、工期の遅延や計画変更につながるケースも少なくありませんでした。
北岡先生が注目されているのが、岩盤を触ったときに人が感じる「ゴツゴツ」「ザラザラ」「ツルツル」といった触覚です。
熟練技術者は、長年の経験から触覚によって多くの情報を読み取っていますが、その判断は暗黙知であり、「言葉ではオノマトペとして表現では、捉える側の認知にばらつきがあり、」言葉や数値で共有することが難しいものでした。
この課題に対し、指に装着したセンサーによって振動や力を計測し、触覚をデジタルデータとして取得。さらにAI解析を組み合わせることで、人の感覚に近い判断を再現できる可能性を探っています。
触覚データ × AIという新しいアプローチ/人の触覚を計測
これまでAI活用といえば、画像や音声といった視覚・聴覚データが中心でした。近年では、触覚データも含めた複数の情報を同時に扱う「マルチモーダルAI」が注目されています。岩盤評価においても、触覚データを加えることで、より人間に近い判断ができるのではないか、という考えから研究が進められています。
実験では、誰もが同じように「ゴツゴツ」「ツルツル」と感じる岩石を選定し、その際の振動波形や力のかかり方を計測。個人差や触り方による違いも含めて分析が進められています。こうしたばらつきや例外も含めて学習させることで、AIが人間の感覚に近づいていく可能性が見えてきています。
ゆびレコーダーでは、人の指先に入力された振動を指先に巻いた圧電フィルムセンサで検知し、振動を数値化します。今回は岩盤標本をなぞった時の振動を計測しています。各岩盤ごとに振動の強度やパターンが異なる様子が見てとれます。
Haplogでは、岩盤を触る際の指が押し付ける力を計測しています。センサは指の腹が剥き出しになるよう設計しており、触覚を阻害することはありません。岩盤の粗さによって、痛みの感じ方が異なるため、触る力も異なる様子が計測できます。
これらのセンサの出力と各オノマトペの関係には相関がみられました。
ツルツル
ザラザラ
ゴツゴツ
過去の構想が、今、現実になる
実は、こうした発想そのものは、10年以上前からあったと先生からお伺いしました。
当時の研究では、盲目の方が岩盤を触り、その感覚を評価するといった試みも行われていました。しかしその頃は、触覚や音といった情報を十分に計測・解析できる技術が整っておらず、「いつかできたら面白い」という構想にとどまっていたといいます。
それが今、実現できる時代になりました。
センサの小型化・高精度化、そしてAI技術の進化によって、人が触れたときの振動や力のかかり方をデータとして取得し、解析できる環境が整いつつあります。長年温めてきたアイデアが、ようやく現実の研究として形になり始めているのです。
過去の構想と現在の技術が結びつくことで、これまで暗黙知として扱われてきた「職人の感覚」を、次の世代へと引き継ぐための新たな可能性が見え始めています。
技能伝承と人材不足という、建設業界の課題に向き合う
建設業界では、少子高齢化の影響により熟練技術者の減少が深刻な課題となっています。
若手が現場に入る機会も限られ、危険を伴う作業から遠ざけられることで、経験を積む場そのものが失われつつあります。
触覚を含む計測データを活用することで、ベテランがどのような力加減で、どのように触って判断しているのかをデータとして残すことができます。
それは、教育やトレーニングに活かせる、新しい技能伝承の形につながる可能性を秘めています。
人の感覚とテクノロジーをつなぐ、土木×データの未来
今回の研究では、指先に装着した小型センサーによる振動・力計測が重要な役割を果たしています。
人が「触る」という行為を妨げず、自然な状態のままデータを取得できることは、研究を進めるうえで大きな強みです。
北岡先生は今後、触覚データと画像・音などを組み合わせた解析や、AIによる岩盤判定のさらなる高度化にも取り組んでいく予定です。
こうした取り組みを通じて、人の感覚をデータとして捉え、現場判断や技能伝承に活かしていくこと、またフィジカルAIとしての活用も期待でき、建設業界の未来を支える重要な要素になりつつあります。
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